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神戸地方裁判所 昭和59年(行ウ)8号 判決

原告 尾崎保秀

被告 尼崎市建築主事

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五八年八月一〇日別紙(一)建物目録記載の建築物につきなした検査済証(昭和五八年八月一〇日第三〇一号)の交付処分は、これを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文と同旨

2  本案に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外中央サービス株式会社及び同尼崎青年商工協同組合は共同で別紙(二)土地目録の〈3〉の土地(以下〈3〉の土地という。なお同目録記載の各土地についても以下同様に略称する。)及び〈5〉の土地上に別紙(一)建物目録記載の建築物(以下「本件マンシヨン」という。)の建築確認を得たうえ、本件マンシヨンの工事を完成させ、被告に対し工事完了届をしたところ、被告は、昭和五八年八月一〇日第三〇一号をもつて本件マンシヨンの工事完成検査済証を交付する処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  本件処分の違法性

(一)(1) 原告は、〈1〉及び〈6〉の土地(ただし当時両土地は一筆の土地であつた)を原告の父訴外尾崎秀男名義で購入し昭和四四年四月一〇日神戸地方法務局尼崎支局受付第一〇六四四号をもつて所有権移転登記手続を経由し、次いで相続を原因として同四九年一二月九日同支局受付第三五六五七号をもつて自己名義に所有権移転登記手続を経由した。

(2) 原告が〈1〉及び〈6〉の土地を父名義で取得した当時、同土地は袋地状であつたが、同土地付近一帯は区画整理事業がされており、〈2〉及び〈4〉の土地が同事業の保留地とされ、同土地及び〈3〉及び〈5〉の土地の一部を整理して道路とし、〈1〉及び〈6〉の土地並びに〈3〉及び〈5〉の土地の一部の袋地状態が解消されることとなつていた。

(3) こうした区画整理事業が計画されていたことから、原告は安心して袋地状の〈1〉及び〈6〉の土地を購入したのであるが、その後同事業計画が中止せられ保留地である〈2〉及び〈4〉の土地を誰が取得するかにつき尼崎市の斡旋のもとで同事業を行つていた第三土地区画整理組合、〈3〉及び〈5〉の土地の所有者西村忠次及び原告の三者間で協議した結果、昭和四七年五月一五日〈2〉及び〈4〉の土地の所有権を右西村忠次が取得する代りに、原告は同土地の一部及び〈3〉及び〈5〉の土地の一部を通路用に賃借することになつた。

(4) 原告は、昭和五一年に〈1〉及び〈6〉の土地上に木造瓦葺二階建居宅を建築することになり、同居宅の建築確認を得べく尼崎市の指導を受けたが、〈2〉及び〈4〉並びに〈3〉及び〈5〉の各土地のうち右賃借部分が道路位置指定を受けていないことを理由に〈1〉及び〈6〉の土地の南西部分に接する私道を用いて接道義務を遂し建築確認を受けるよう指導された。当時、同私道は道路位置指定を受けていたもののその所有者が〈1〉及び〈6〉の土地と接する部分をブロツク壁等によつて塞ぎ現実には同居宅から同私道に出ることはできなかつた。

しかし、同私道を用いて建築確認を得るよう尼崎市より指導があつたこと、現実の通路は前記西村忠次より賃借している〈2〉及び〈4〉並びに〈3〉及び〈5〉の各土地の一部を用いれば生活上支障がないことなどから、原告は同私道への接道によつて建築確認を得て右居宅を建築した。原告が右居宅建築後も西村忠次、その後〈2〉及び〈4〉の土地を取得した西村俊次及び西村あき子、尼崎市土地開発公社、尼崎青年商工協同組合はそれぞれ右通路用賃借権を認めてきた。

(5) ところが、尼崎青年商工協同組合より昭和五七年六月一一日〈2〉及び〈4〉並びに〈3〉及び〈5〉の各土地を取得した中央サービス株式会社は、同組合と共同で〈3〉及び〈5〉の土地上に、前述のとおり本件マンシヨンの建築確認を得た直後、原告に対し前記通路用賃借権は同社に対抗できないと主張したため、原告と同社の間で右通路用賃借権の効力について争いになつたが、右争いは、昭和五八年三月一七日、右中央サービス株式会社が従来の通路用賃借部分にほぼ相当する〈4〉及び〈5〉の土地に、要益地を〈1〉及び〈6〉の土地とする地役権を設定し、〈2〉の土地の一部を原告が駐車場として賃借することで和解ができ、同日〈4〉及び〈5〉の土地に地役権設定登記が経由された。

(6) 右地役権の目的は原告と本件マンシヨン入居者の生活用通路として使用したり、〈1〉及び〈6〉の土地のためにガス、水道、下水道管の埋没引込が可能なものであつた。そこで原告は、右地役権部分を通路として〈1〉及び〈6〉の土地上に居宅を建築すべく、昭和五八年七月一三日、尼崎市建築主事の建築確認を得たうえ同年八月初めから〈4〉及び〈5〉の土地において給排水、ガス配管工事をし、本件マンシヨンの建築主である中央サービス株式会社らは〈4〉及び〈5〉の土地の舗装工事をした。

(二) 本件処分は、本件マンシヨンが建築基準法に定める建べい率及び容積率に違反しているにもかかわらず、これを看過したもので違法である。

すなわち、建築基準法上、建築物の敷地とは、一の建築物又は用途上不可分の関係にある二以上の建築物のある一団の土地をいう(建築基準法施行令一条一号)が、〈4〉及び〈5〉の土地が原告及び本件マンシヨンの入居者の生活用通路として給排水、ガス配管などの設置が施されたうえ車両の通行も行われている実体からして右二筆の土地は道路法の道路あるいは道路位置指定を受けた私道と同程度に防火上、安全上あるいは避難上支障を来たすものと認めるべきであり、したがつて〈4〉及び〈5〉の土地は本件マンシヨンの敷地を分割する障害物となり本件マンシヨンの敷地とはいえない。その結果、〈2〉の土地は飛地となつて、右同様本件マンシヨンの敷地といえなくなる。

そこで〈2〉、〈4〉及び〈5〉の土地を含めた本件マンシヨンの敷地面積一三八四・五三平方メートル(建築確認された面積)から〈2〉、〈4〉及び〈5〉の土地の面積を除外すると、その面積は一二六四・七一平方メートル(別紙(二)土地目録記載の面積は土地登記簿記載のもの)となる。そして、現在〈2〉、〈4〉、〈5〉の土地が本件マンシヨンの敷地と扱われている結果、本件マンシヨンの規制容積率は二〇〇パーセントとなつているが、それらの土地を本件マンシヨンの敷地から除外すると、本件マンシヨンの敷地は六メートル道路に接しないのでその規制容積率が一六〇パーセントとなる。そのため、〈3〉の土地を敷地として建築物を建設する場合容積率一六〇パーセント、建ぺい率六〇パーセントの建築物しか建築できない。

そこで、右規制容積率及び建ぺい率を用いて本件マンシヨンにつき規制内の最大の延べ面積及び建築面積を算出すると、〈1〉延べ面積が二〇二三・五三平方メートル、〈2〉建築面積が七五八・八二平方メートルとなる。ところが本件マンシヨンの現状は、延べ面積が二二五九・七三平方メートル、建築面積が七九九・二〇平方メートルであつて、延べ面積で二三六・二〇平方メートル、建築面積で四〇・三八平方メートルそれぞれ超過し、建築基準法に定める容積率及び建ぺい率に違反している。

3  審査請求

そこで、原告は、昭和五八年九月二六日、尼崎市建築審査会に対し、本件処分の取消しを求めて審査請求をしたが、同審査会が同五九年一月一〇日付けで原告の審査請求を棄却する裁決をし、原告は同裁決の内容を同月三一日に知つた。

4  よつて、原告は被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  被告の本案前の主張

1  原告適格の欠如

(一) 行政処分の取消訴訟は、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができるもの(行政事件訴訟法九条)で、右法律上の利益を有する者とは、当該処分によつて自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者に限られ、また、この法律上の利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。

(二) 本件において、原告は、被告が行つた本件処分の直接の相手方ではなく、隣家の住民にすぎず、本件処分の対象である本件マンシヨンの完成によつて、原告方の採光、通風、住居の静ひつ等の保全、災害時の安全保護といつた生活環境ないし保安上の利益が侵害されたと主張し、その取消しを求めているものとしても、本件処分の根拠法令である建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とし、建築秩序の維持という一般的・抽象的な公共利益を保護するものであつて、原告が主張するような採光、通風、住居の静ひつ等の保全、災害時の安全保護といつた個々の住民の生活環境ないし保安上の個別的な利益を保護法益とするものではない。そして、同法を通覧しても、これらを個人の個別的かつ具体的な利益として保護しようとする規定は見いだせない。つまり、原告の主張する右利益は、建築基準法が、公共の福祉増進を目的として行政権の行使に制約を課している結果、その反射として一定の者が受けることとなる単なる事実上の、反射的利益にすぎない。

したがつて、本件処分によつて、原告に不利益が生じたとしても、それは単なる事実上の不利益にすぎず、法律上の利益が侵害されたということにはならないので、原告は本件訴えを提起する適格を有しないものである。

(三) 以上のとおりであるから、原告は、いずれの点からみても本件処分の取消しを訴求する原告適格を有しない。

2  訴えの利益の欠如

(一) 原告は、前述のとおり、本件処分の直接の相手方ではなく、本件処分の対象である本件マンシヨンにより、採光、通風、住居の静ひつ等の保全、災害時の安全保護といつた生活環境ないし保安上の利益が侵害されたと主張するにすぎないとする隣家の住民である。

そして、このような第三者が取消訴訟を提起する利益は、当該処分が取り消され、そのことによつて建築主の適法な工事の施工ないし完成が阻止され、不利益の原因をなす当該建築物が現出しないようにしてこそ回復を図ることができるのであるから、既に工事が完了し、建築物を完成している現時点においては、完成した建築物が違反建築物ではないことを確定するための処分ともいうべき検査済証交付処分の取消しを求めたところで利益の回復を図ることにはならず、原告には、本件処分の取消しを求める訴えの利益はない。

(二) もつとも、本件処分を取り消す旨の判決が確定すると、法令に違反する建築物として、行政庁が、建築基準法九条一項の規定により、当該建築物について、改築、移転、除却その他違反を是正するために必要な措置命令を発するであろうことが一応期待し得るが、行政庁が、右措置命令を発するか否か、またどのような種類内容の措置命令を発するかについては、専らその行政庁の裁量に委ねられているのであつて、第三者がその行政庁に対し右措置命令をとるべきことを求める権利があるとは認められない。よつて、本件処分が違法であり、取り消されるべきことが確定した場合に、行政庁において諸規定違反の是正の措置を命ずることが期待されることをもつてしては、第三者である原告が、建築工事の完了後においてもなお本件処分の取消しを訴求するにつき法律上の利益を有するものとはいえない。

(三) また、検査済証の交付処分は、当該建築物の使用許可という法的効果を付与するものであるが、原告が主張する日照や通風といつたような被害は、当該被害の原因であるとする建築物が現にその場所に存在するからこそ生ずるものであるから、検査済証交付処分が取り消され、そのことにより、仮に、当該建築物について使用不許という法的効果が付与されることになつたとしても、そのことをして、原告の主張する被害が解消されるというようなものではなく、また、是正措置命令を発するかどうか、また右措置命令の種類・内容をどのように定めるかは、あくまで、特定行政庁の裁量にゆだねられているのであるから、たとえ検査済証の交付が違法であるとして判決で取り消されたとしても、特定行政庁をして、是正措置命令を義務付ける法的拘束力を生じさせることにはならない。

(四) なお、原告は、本件マンシヨンが容積率規制や建ぺい率規制の規定に違反して建築されたものであるとして本件処分の取消しを求めているが、容積率や建ぺい率の規制の趣旨や、これらに違反した場合の是正の多様性(このような場合には建物を除却するよりは、隣接地の購入等により敷地面積を増加させて是正する合理的な方法もある)からみれば、仮に本件マンシヨンが、原告の主張どおり、容積率や建ぺい率の規制に違反しているとして、原告が勝訴判決を得たとしても、必ずしも原告の被害が解消されることにはならないというべきであるから、原告の主張は全くの仮定論にすぎず、本件処分の取消しを求める法的利益の主張としては不十分であり、また、原告の本件訴えは、自己の法律上の利益に関係のない違法事由を理由として本件処分の取消しを求めているものにほかならず、行政事件訴訟法一〇条一項の規定からも、かかる訴えは許されるべきものではない。

(五) 以上のとおりであるから、原告は本件処分の取消しを訴求する訴えの利益を有しないものである。

3  よつて、原告の本件訴えは不適法であるから速やかに却下されるべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  原告適格の存在について

(一) 原告適格の判断基準

行政事件訴訟法九条の「法律上の利益」については処分の名宛人以外の第三者であつても法律上保護される利益の主体であれば足るとの見解が今日一般論として広く承認されている。そしてこの法律上保護される利益と事実上の反射的利益とを区別する基準として、処分の根拠となつている法令が公益上の見地から設けられているにとどまるか、それとも進んで私人の利益の保護をも目的としているかによつて原告適格の有無を判断するのが相当である。建築確認ないし検査済証交付を近隣の住民が争ういわゆる隣人訴訟においては、建築基準法規がこれら居住者の保護・衛生・防火等居住環境上の利益を保護しているから、その原告適格を肯定すべきである。すなわち、都市計画法に基づいて定められた各用途地域内における建築物の用途規制に関する建築基準法の規定は、主として、都市計画の観点から建築秩序の維持という公共の利益を図るものであることは否定し得ないが、他面、これを住居地域についてみるならば、同時に、無秩序な建築により住民の安全にして快適な居住環境が破壊されることがないように一定の建築物の建築を規制することが公共の利益のために必要であるとの考慮から、その建築により居住環境上悪影響を受けるおそれのある付近住民を居住環境の破壊から守ろうとする意図をも有するもので、適切な建築規制の運用によつて保護されるべき付近住民の生活上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず、法によつて保護される利益である。

(二) 原告の法的利益の侵害

原告は本件マンシヨンの敷地の北西側に隣接する原告所有地上に木造二階建居宅を所有して居住していたところ、本件マンシヨンの建築により次のような生活上の利益の侵害を受けるに至つたが、これらの被害を総合すると、原告の受けた被害程度は受忍の限度を超えるものであるから、これが原告適格を基礎付ける法的利益の侵害にあたることは優に肯認できる。

(1) 本件マンシヨンは原告所有の〈1〉及び〈6〉の土地の南側と東側に存する。本件マンシヨンが建築されるまで〈1〉及び〈6〉の土地の南側及び東側には同土地への日照を妨害するものはなく冬至の時でも午前・午後を通じ十分な日照が確保されていた。ところが、本件マンシヨンが建築されたことにより〈1〉の土地の大部分については午前中の、〈6〉の土地については午前中及び午後零時から午後二時までの日照をそれぞれ得ることができなくなつた。このため原告は日照を十分得ることによつて亨受できた快適な生活を侵害されることとなつた。

(2) 本件マンシヨンと原告所有建物との位置関係は別紙(三)位置関係図のとおりであり、本件マンシヨン北西側の二、三階建物部分北側窓と原告所有建物二階南側窓との距離は七・五ないし一一メートル、また原告所有建物二階東側窓とその窓に対面する本件マンシヨンの二、三階建物部分の窓或いは階段開口部分との距離は一二・五ないし二〇メートルである。

原告は、従来から二階部分を夫婦の寝室として使用しており夏期などには寝室の窓を開放して就寝するが、本件マンシヨンが完成して人が入居するようになつてからは寝室内の様子が常に本件マンシヨン、とりわけ前記本件マンシヨン北西側の二、三階建物部分北側窓等から見透されるようになつて原告夫婦のプライバシーがはなはだしく侵害されている。

(3) 本件マンシヨンは、別紙(三)位置関係図のとおり原告所有建物の南側及び東側をおおいかぶさるような状態で建築されているため、原告らがその所有建物で居住するのに〈1〉強い圧迫感を受ける、〈2〉南側及び東側の眺望が得られなくなつた、〈3〉天空確保が十分でなくなつた等の被害を受けている。

(4) 原告所有建物の南側と東側に本件マンシヨンがおおいかぶさるように位置するため、さわやかな南ないし東からの風を受けたい夏期には本件マンシヨンが風の流れをかえ原告所有建物に十分な風が入らず、逆に北ないし西から風を受けるはずの冬期に本件マンシヨンで風が舞つて原告所有建物の南向き窓や東向き窓から冷たい風が吹き込む状態となつている。原告所有建物は、日本特有の季節風に合つた構造で建築しているのに本件マンシヨンのためその構造上の利点が生せず、かえつて不利な結果となつてしまつた。

(5) 本件マンシヨンの敷地の周囲は塀で囲まれ、本件マンシヨンの入居者がその敷地外に出るには〈4〉及び〈5〉の通路部分を通る以外に方法はない。また、原告所有建物の敷地の周囲も塀で囲われ、原告らがその敷地外へ出るにはやはり〈4〉及び〈5〉の通路部分を通る以外に方法はない。

そのため、緊急時、特に火災等の災害が発生した場合には、本件マンシヨン入居者及び原告ら家族は〈4〉及び〈5〉の通路部分を通つて避難するほかないのであるから、本件マンシヨンの入居者全員が〈4〉及び〈5〉の通路部分に殺到することが予測され、原告及びその家族は〈4〉及び〈5〉の通路部分を使つて外部に脱出することも、困難になるなどの重大な危険にさらされていることとなり、災害時の生命、身体の安全が確保できず安心して生活できない。

(6) さらに、本件処分により原告は次のような直接の法律上の不利益を受けることになる。

被告が、本件処分を行つた際、既に、〈4〉及び〈5〉の土地は原告及び本件マンシヨン入居者の生活用道路として給排水、ガス配管が設備され、その表面も舗装され車両の通行も行われる状態であつたし、原告は被告に対しそのことや〈4〉及び〈5〉の土地に地役権が設定されていることを再々申し入れていたのであるから、この実体を素直に観察すれば到底本件マンシヨンの敷地と判断することはできなかつたはずである。ところで、本件処分において〈4〉及び〈5〉の土地が本件マンシヨンの敷地に含まれないのにその敷地に含まれないのにその敷地に含まれると誤つて判断されると、後日原告がその土地を自己の建築物の敷地として建築物を建築した場合、前になされた実体判断と異なるとの理由で検査済証の交付処分が受けられずその結果、前になされた違法な本件検査済の交付処分によつて、後に建築物を建築した原告が検査済証交付処分を受けられないという直接的な法律上の不利益を受けることとなる。また、〈4〉及び〈5〉の土地には〈6〉の土地を要役地とする通行地役権が設定されているが、原告所有の〈1〉及び〈6〉の土地は元々囲繞地状の土地であり区画整理の保留地であつた〈2〉及び〈4〉の土地並びに〈5〉に相当する部分を通路として公道への出入りをなしており、これを塞がれると事実上囲繞せられる状態にあつたうえ、〈2〉及び〈4〉の土地を元の所有者である亡西村忠次が取得する際には原告所有地が囲繞せられていることを承認し原告所有地の囲繞状態を解消する意図で〈4〉及び〈5〉の土地に相当する部分に原告のため賃借権を設定し、その流れを受けて訴外中央サービス株式会社も〈4〉及び〈5〉の土地に通行地役権を設定したのであるから、〈4〉及び〈5〉の土地は囲繞地内の通行地権に等しく、建築基準法が要求する接道義務の関係から、本来、原告所有の〈1〉及び〈6〉の土地と一体として原告所有建築物の敷地とされるべきものである。

しかるに原告は、〈4〉及び〈5〉の土地を自己の建築物の敷地に含めて建ぺい率等を計算して〈1〉又は〈6〉の土地上に建築物を建築するまでの意図がなく、〈4〉及び〈5〉の土地の実際の本件マンシヨンの入居者と原告家族の共同通路という現状を尊重し本件マンシヨンの固有の敷地でも、また原告の建築物の固有敷地でもない、いわば接道義務の関係においてのみ両者の敷地となるべきものと考えている。

以上のとおりであるのに、被告が〈4〉及び〈5〉の土地を本件マンシヨンの固有の敷地であると誤認して建ぺい率等の違反を向うことなく本件処分をしたことによつて、原告は、〈1〉ないしは〈6〉の土地につき接道義務を遂すことができなくなり直接の法律上の不利益を受けることとなつた。

(三) 原告の前記被害・不利益の回復

(1) 本件マンシヨンは現状では延べ面積で二三六・二〇平方メートル、建築面積で四〇・三八平方メートルそれぞれ超過し建築基準法違反の状態が生じていることは、前述のとおりである。この違反状態を解消するには、本件マンシヨンのうち一番日照の悪い北西部分を中心にして、削除するのが訴外中央サービス株式会社らにとつても経済的に効率がよいと思われ、超過建築面積の点から本件マンシヨン北西部分四〇・四〇平方メートルを一階から三階まで削除する(延べ面積で一二一・二二平方メートル削除することになる。)だけで、〈1〉及び〈6〉の土地双方のほぼ全体について現状では得られない日照が享受できるようになる。右北西部分の削除では足りない延べ面積の超過一一一・九八平方メートルを本件マンシヨンの北東三階部分にて削除すれば〈1〉及び〈6〉の土地の日照は更に良好になること明白である。

(2) 次に、容積率違反の点から本件マンシヨンの違反状態を除去すると、原告の利益侵害は、次のとおり回復される。

一般にマンシヨンは居住専用部分とその共用部分から成つているが、その共用部分の面積は居住専用部分の広狭の割合によつて定まるから、延べ面積の増減はそのまま居住専用部分の面積、従つてその個数の増減と比例関係にあるものと考えられるところ、本件マンシヨンは三三戸の居住専用部分からなつているから、一戸当りにしめる居住専用部分及び共用部分の面積は六八・四七平方メートルである。従つて前述の延べ面積超過部分(二三六・二〇平方メートル)は結局三・四四戸分に匹敵し、これは現在の戸数のほぼ一割に相当する。そして、居住専用部分一戸当りにはほぼ同数の居住者が居住していると考えられるから、右のとおり、ほぼ一割の居住専用部分が減じられると、本件マンシヨンの居住者もほぼ一割減少する。本件マンシヨンのどの部分を削減するかによつて本件マンシヨンによつて侵害される原告方の諸利益の侵害防止の程度は異なるが(原告方に面した部分について削減すればそれだけ原告方の静ひつ等の侵害や圧迫感はより多く防げる。)、本件マンシヨンへの出入りが〈4〉、〈5〉の土地を使つて行われているので通行量の減少という観点から敢て数値で表わせば少なくとも原告方の静ひつの保全、災害時の安全保護の侵害が一割程度回復されることになる。

(3) 被告は本件処分の際に〈4〉及び〈5〉の土地が本件マンシヨンの敷地に含まれないのにその固有の敷地であると誤認して本件処分をしたことにより、原告は前記法律上の直接の不利益を受ける者であるから本件処分を争う利益を有するものである。

なお、右のような場合、原告が検査済証の交付処分を受けられない段階でその不交付処分自体を争えばよいとの議論もありえようが、その争訟自体によつて前の検査済証の交付処分が先決問題として違法と判断されない限り後に建築物を建築した原告の主張が認容され得ないはずである。しかるに前の検査済証の交付処分自体には公定力が認められ、独自の取消争訟手続によらなければこの取消しの効果を主張しえないのが現行の行政争訟手続の立場である。してみると、右のような場合には先に建築された建築物の敷地について二重敷地の関係を主張する原告は、その建築物につき違法な検査済証の交付がなされた段階でその交付処分を争う利益を有するものといわざるを得ない。

(四) 以上のとおりであるから、いずれの点からみても原告には本件処分の取消しを訴求する原告適格がある。

2  訴えの利益の存在について

(一) 本件処分が取り消されると、同取消判決の拘束力と行政の法遵守義務とにより特定行政庁としては最終的には本件マンシヨンにつき可能な限りその違法状態排除のための是正措置命令を発せざるをえないこととなる。

しかし、特定行政庁が右是正措置命令を発するか否かはその裁量に委ねられ、原告ら第三者には当該行政庁を拘束するという意味での是正措置命令申立権は存しないが、少なくとも違反建築物であることを前提にして当該行政庁に対し是正措置命令を発動するよう促す権利がある。原告から是正措置命令を促れた当該行政庁は行政の法遵守の性質上違反状態を除却すべく発動可能な限りの是正措置命令を発することになろう。そして、原告としても当該行政庁の是正措置命令を当然に要請し又期待することができるのであり、かかる期待は前記法的利益の侵害を受ける者にとつては単なる事実上の期待ではなく法的保護に値するものといわざるをえない。

(二) なるほど、原告の被侵害利益が回復されるか否かは将来の是正措置の内容によつて定まるところであり、その内容としては本件マンシヨンの一部を原告の期待どおりに撤去する方法もあれば、中央サービス株式会社らが原告所有地等本件マンシヨンの隣接地を取得して本件マンシヨンの敷地を増加させるなど原告の期待と異なる方法もある。そして、仮に特定行政庁が違法建築物である本件マンシヨンの一部撤去等原告の利益回復に有効な是正措置を命じなかつたとすれば、それは本件マンシヨンの入居者の利益など公の利益を配慮した結果であり、裁判所がこのような公の利益を配慮して前記のような原告の利益回復に有効な是正措置の方法を相当でないと判断するのであれば、行政事件訴訟法三一条の事情判決をするべきであつて、これを訴訟要件の問題としてとらえるのは本末転倒の議論である。

(三) なお、被告は、本件マンシヨンが完成している以上本件処分を取り消したところで原告の利益回復を図ることができないから本件処分の取消しを求める利益がない旨主張する。

しかし、被告主張の理論は建築確認処分の取消請求事件についてはいえても、検査済証の交付処分の取消請求事件には通用しない議論である。検査済証の交付処分は当該建築物が違反建築物でないことを確定するとともにその使用を許す法的効果を有するものであつて、交付処分が取り消されれば一応完成した建築物につき使用不許の状態が復活することとなり、かかる効果は建築物の一応の完成とは何ら関係がないものである。

これは建築確認処分が不適法な建築物の完成を事前に規制する手続であるのに反し、検査済証の交付処分の制度は是正措置命令の制度や代替執行制度と同様に建築済の建築物の実体的適法性の担保手段としての制度であるという違いから当然に生ずる差異である。そして建築済の建築物の実体的適法性の担保手段としての右三制度はそれぞれ独立した制度であり、たとえば検査済証の不交付が裁量の余地のないまでに是正措置命令、更には代執行を特定行政庁に義務づけなくても、また是正措置命令が代執行の裏付けがなくても、それぞれ実体的適法性の担保手段として違反建築物の建築主をして違反状態の解消に努めさせる強制力をもつ(検査済証の不交付については使用不許という強制力がある。)ものであり、すべて最終的に代執行と裁量の余地なく結びつかなければ訴えの利益がないということはできない(因みに、民事訴訟においては請求が直接強制になじむものだけを対象としているのではなく間接強制によつても請求内容の目的を達する場合が多いことを想起すべきである)。少なくとも検査済証交付処分の取消しがそれ自体一つの制度として建築主に強制力を持つ以上、是正措置命令等との関連性に関係なく訴えの利益を認めるべきである。

四  原告の前示三1(二)(6)の主張に対する被告の反論

原告の、〈4〉及び〈5〉の土地は、本件マンシヨンの固有の敷地でも、また原告の建築物の固有の敷地でもない、いわば接道関係においてのみ両者の敷地となるべきものであるとの主張について、以下のとおり反論する。

1  「固有の敷地」、「接道のための敷地」なる区別は、原告の奇弁であつて敷地にこのような二義性はない。原告は、昭和五八年七月一三日〈6〉の土地上に建築物を建築するとして被告から建築確認を取つているが(なお、この建築物は現在まで何ら建築に着手されておらず、現場の状況から考えるとこれを建築することは極めて不自然で、原告がこの建築確認を得たことは真に不可解というほかない。)、この建築確認においても、建築物の敷地とされたのは〈6〉の土地のみであり、敷地自体としては、建築基準法四三条一項本文にいう道路と直接接していないものの、〈4〉及び〈5〉の土地に通行地役権を設定するなどして通行、安全を確保していることから、同項但書により安全上支障がないものとして、建築確認が行われたものである。このように、右建築確認は、〈4〉及び〈5〉の土地を〈6〉の土地と一体として原告申請の建築物の「敷地」としたものではない。また、〈1〉の土地上の建築物については、その南西に存する建築基準法四二条一項五号のいわゆる位置指定道路と接しているのであつて、〈4〉及び〈5〉の土地とは無関係である。

以上のように、〈4〉及び〈5〉の土地は、原告のいう「接道のための敷地」ではあり得ないから、「二重敷地」など生ずるはずはなく、原告の右主張は明らかに失当である。

2  ちなみに、一般論として原告のいう二重敷地の問題を考えてみると、ある土地部分を敷地として建築物の検査済証交付処分がなされた後、当該同一の土地部分を敷地として別の建築物が建築された場合につき検査済証交付処分が適法になされ得るか否かは、後行の処分時におけるその土地部分の現況等により決定されるべきことがらであり、後行の処分時において、後行の建築物の敷地と認められる限り、先行の処分の有無、効力に左右されることなく適法に検査済証の交付をなし得るのである。そして、仮に当該土地部分が敷地と認められないとの理由で、検査済証が交付されなかつたときは、その時点において、それを固有の違法事由として、検査済証が交付されないことを争えば足りることであつて、当該土地部分に使用、収益権原を有するものといえども未だ後行の処分がなされない時点において、あらかじめ先行の処分を争うことは、「法律上の利益」を欠くものとして許されない。

五  請求原因に対する認否と主張

1  認否

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2について

(1) (一)(1)の事実のうち原告主張の登記の存在は認めるがその余の事実は不知。同(2)の事実のうち区画整理事業がされていたことは認めるが、その余の事実は不知。同(3)の事実は不知。同(4)前段の事実のうち、居宅を建築することになつた時期及び〈1〉及び〈6〉の土地南西部分に接する私道が現実には通路として使用できなかつたことは不知。その余の事実は認める。同(4)後段の事実のうち、私道を用いて建築確認を得るよう行政指導がなされたこと及び私道への接道によつて建築確認を得て居宅が建築されたことは認め、その余の事実は不知。なお、同(4)前段及び後段を通じ、建築確認の指導にあたつたのは尼崎市建築主事である。同(5)の事実のうち中央サービス株式会社と尼崎青年商工協同組合が共同で本件マンシヨンの建築確認を得たこと及び原告主張の地役権設定登記の存在は認めるが、その余の事実は不知。ただし、本件マンシヨンの建築確認は、〈2〉ないし〈5〉の土地を敷地として行つたものである。同(6)の事実のうち原告が昭和五八年七月一三日に自己の居宅を建築するため建築確認を得たことは認めるがその余の事実は不知。なお原告が建築確認を得た土地は、正確には〈1〉及び〈6〉の土地から分筆された〈6〉の土地である。

(2) (二)の主張は争う。

(三) 同3の事実は認め、同4の主張は争う。

2  本件処分の適法性の主張

(一) 本件処分は、〈2〉、〈3〉、〈4〉、〈5〉の土地を敷地として行われたものであり、建ぺい率、容積率とも建築基準法に適合しており、何ら違法はない。

(二) 原告の主張は、要するに、右〈2〉、〈3〉、〈4〉、〈5〉の土地のうち、〈4〉及び〈5〉の土地につき原告が通行地役権を設定し、それに基づいて通行の用に供しており、かつそれによつて〈2〉と〈3〉が遮断されるもので、〈2〉、〈4〉、〈5〉は本件マンシヨンの敷地とはなし得ないから、〈2〉、〈3〉、〈4〉、〈5〉の全てを本件マンシヨンの敷地として建ぺい率、容積率を算定した本件処分は違法であるというにある。

しかし、通行地役権は、地役権者が承役地を排他的独占的に利用しうる権利でないことは明らかであり、現実にも〈4〉及び〈5〉は、本件マンシヨンの入居者(区分所有権者で〈2〉、〈3〉、〈4〉、〈5〉の土地の共有権者)によつて、生活用通路として支障なく利用されているのであつて、その占有も、入居者らが取得しているのである。

また、建築基準法にいう「敷地」とは、一の建築物又は用途上不可分の関係にある二以上の建築物のある一団の土地をいい(建築基準法施行令一条一号)、右「一団の土地」とは、道路、河川、囲障等の物理的障害物によつて隔てられずに連続した土地をいうが、本件〈2〉、〈3〉、〈4〉、〈5〉の土地には、このような物理的な遮断物は存せず、外形的にも、機能的にも一団の土地として本件マンシヨンの所有者の所有及び占有に帰しているものである。

よつて、〈2〉、〈3〉、〈4〉、〈5〉を一団の土地として、本件マンシヨンの敷地ととらえ、敷地面積を認定したことに何らの違法はない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  争いのない事実

請求原因1の事実、同2(一)(1)の事実のうち原告主張の登記が存在すること、同(2)の事実のうち区画整理事業がされていたこと、同(4)前段の事実のうち居宅を建築することになつた時期及び〈1〉及び〈6〉の土地南西部分に接する私道が現実には通路として使用できなかつたとの各事実を除くその余の事実、同(4)後段の事実のうち私道を用いて建築確認を得るよう行政指導がなされたこと及び私道への接道によつて建築確認を得て居宅が建築されたこと、同(5)の事実のうち中央サービス株式会社と尼崎青年商工協同組合が共同で本件マンシヨンの建築確認を得たこと及び原告主張の地役権設定登記が存在すること、同(6)の事実のうち原告が昭和五八年七月一三日に自己の居宅を建築するため建築確認を得たこと並びに請求原因3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  訴えの利益の有無について

1  建築基準法によると、建築主は、同法六条一項の建築物の建築等の工事をしようとする場合には、右工事に着手する前に、その計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築関係規定」という。)に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならず(同法六条一項)、建築確認を受けない右建築物の建築等の工事は、することができないものとされ(同法六条五項)、また、建築主は、右工事を完了した場合においては、その旨を建築主事に届け出なければならず(同法七条一項)、建築主事が右届出を受理した場合においては、建築主事又はその委任を受けた当該市町村若しくは都道府県の吏員は、届出に係る建築物及びその敷地が建築関係規定に適合しているかどうかを検査し(同法七条二項)、適合していることを認めたときは、建築主に対し検査済証を交付しなければならない(同法七条三項)。他方、建築主は一定の建築物については、右検査済証の交付を受けた後でなければ、工事の完了した右建築物を使用することができないとされている(同法七条の三第一項)。そして、特定行政庁は、建築基準法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反した建築物又は建築物の敷地については、建築主等に対し、当該建築物の除却その他これらの規定に対する違反を是正するために必要な措置をとることができ(同法九条一項)、右措置を命じられた者がその措置を履行しないときは、行政代執行法の定めるところにしたがい、特定行政庁みずから義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる(同条一二項)、とされている。

2  しかし、建築基準法九条一項の趣旨目的、規定の仕方及び文言、是正措置命令の多様性などに鑑みると、特定行政庁は違反建築物すべてに対し一義的に是正措置命令を発しなければならないものではなく、是正措置命令発付の要否、時期及び命令の内容等は、建築基準法一条に定める目的達成の観点から、違反建築物の違反の内容、程度、それによる環境破壊の程度、付近住民の被害の程度、建築主等による自発的な違反状態解消の努力の有無是正措置により受ける建築主側の経済的損失の内容、程度、その他諸般の事情を総合考慮した特定行政庁の合理的判断によつて決せられるべき自由裁量に委ねられたものと解するのが相当である。

そして右の理は、建築主事等の検査の結果違反建築物であることが確定され検査済証が交付されなかつた場合のみならず、一旦交付された検査済証の交付処分が事後において判決で取り消された場合においても同様である。

したがつて、仮に検査済証の交付処分が違法であるとして判決で取り消されたとしても、是正措置命令を発するかどうかは特定行政庁の裁量に委ねられているから、その取消判決によつて特定行政庁に対し是正措置命令の発付、さらには代替執行権の行使を義務づける法的拘束力が付与されるものではない。したがつて、違反建築物の是正措置命令、代替執行の制度があるからといつて、必ずしも原告が検査済証の交付処分取消訴訟につき法律上の利益を有するということはできない。

ただ諸般の事情から特定行政庁の前記自由裁量の余地が全く残されていない状態にあつて、そのため取消判決が確定すると特定行政庁は直ちに特定の内容の是正措置命令を発すべき法的拘束力が生じているとすべき場合には、右と別異に解すべきものといえないではない。

3  以上を本件についてみるに、原告は被告のした本件処分の直接の相手方ではなく、隣家の住民にすぎないが、本件処分の対象である本件マンシヨンの完成又は本件処分によつて、〈1〉日照・採光、〈2〉静ひつ、〈3〉災害時の安全保護、〈4〉プライバシー、〈5〉圧迫感・天空確保、〈6〉眺望、〈7〉通風、〈8〉原告所有地(〈1〉と〈6〉)が違反敷地として将来の建築物に対し検査済証の交付が受けられなくなつたことなど、生活環境ないし保安上の利益侵害又は建築関係規定上の不利益を受けたと主張し本件処分の取り消しを求めるものである。

ところで、原告主張の右〈1〉及び〈5〉ないし〈8〉の生活環境上の利益侵害は、本件マンシヨンのうち原告主張の部分の現実の除却によつてその回復保護が図られるものであつて、本件処分が取り消されたとしても右除却が実行されない限りは原告主張の侵害利益が回復されるものではないから、既に工事が完成し本件マンシヨンが完成している現時点においては、たとえ本件処分が取り消されたとしても、その取消判決が特定行政庁に対し原告主張のとおりに当然一義的に是正措置命令の発付と執行を義務づける法的拘束力を有するものでないときは、原告は本件訴えによつてその主張の利益侵害の回復を図ることはできない。ところが本件審理に現れたすべての証拠によつても、本件において特定行政庁が本件マンシヨンのうち原告主張の部分の除却を命令し、かつ代執行をすべきであつてその点については自由裁量の余地が全く残されていないものと解すべき事情を認めることができない。してみるとその余の点につき判断するまでもなく、原告主張の前示利益侵害があるからといつて本件処分の取消しを訴求する法律上の利益、即ち本件訴えの利益があると断定することはできないといわざるをえない。

4  もつとも、本件処分を取り消す旨の判決が確定すると、法遵守の立場にあつてしかも違反建築物に対する是正措置を講ずることを任務とする特定行政庁としては、最終的には、建築基準法九条一項の規定により、本件マンシヨンを法令に違反する建築物として可能な限り、その改築、移転、除却その他違反を是正するために必要な是正措置命令を発したり、あるいは建築主が自主的に是正措置を講ずることは一応期待できるが、前述のように、特定行政庁が是正措置命令を発するかどうか、また何時どのような種類内容の是正措置命令を発するかについては、専らその特定行政庁の裁量に委ねられていて右期待が実現する蓋然性も認められず、また右期待が実現しても原告の利益救済になるか否かも不明であるから、第三者にすぎない原告が前示のような期待を有するとしてもそれは事実上のものにすぎず、これをもつて原告が本件処分の取消を求めるにつき有する法律上の利益ということはできない。

5  次に、原告は、検査済証の交付処分の取消しによつて建築主に当該建築物の使用禁止という法律上の効果が生ずることから、原告には本件訴えにつき法律上の利益があると主張するが、本件処分が取り消され原告主張のように本件マンシヨンの入居者数が減少すれば、原告主張の〈2〉ないし〈4〉の利益が失われる可能性が少なくなることは否定できないが、かかる利益は使用禁止の反射的利益にすぎないから、これが法律上の利益とはいえず、したがつて、たとえ本件処分の取り消しによつてかかる利益侵害の回復が図られるとしても、かかる利益侵害を根拠として原告に本件処分の取消しを訴求する法律上の利益を肯認することはできない。

6  さらに、原告は本件処分によりその主張の二重敷地の関係で後に建築する建築物が違反建築物として検査済証の交付を受けられないという直接の法律上の不利益を受けるに至つたので、本件処分の取消しを求める法律上の利益があると主張する。

しかしながら、原告が敷地として使用できるのは〈1〉と〈6〉の土地に限られ、〈4〉と〈5〉の土地は右敷地に至る通路にすぎないのであつて、それ故にこそ原告自身〈4〉及び〈5〉の土地を自己の建築物の敷地に含めて建ぺい率等を計算して〈1〉又は〈6〉の土地上に建築物を建築するまでの意図がないことを自認しているところである(事実欄三1(二)(6)参照)。してみると、原告が本件処分により〈4〉と〈5〉の土地を敷地として新たな建築確認を受けることができなくなるという不利益は存在しないというべきであるから、原告の右主張は失当である。

以上の次第で、原告はいずれの点からみても本件処分の取消しを訴求する法律上の利益を有するものではない。

7  原告は、本件処分を取り消す利益がないとしても、事情判決をすべきである旨事実欄三2(二)のとおり主張する。

しかしながら、行政事件訴訟法三一条一項によれば、事情判決は、取消訴訟の対象となつた処分又は裁決を取り消す要件を備えているにもかかわらず、これを取り消すことが公共の福祉に適合しない特段の事情がある場合に、請求を棄却したうえでおこなうべきものであることから、事情判決をするには、訴訟要件の具備が要求されているものと解するのが相当である。ところが、本件は訴えの利益を欠くと認められる場合で、訴訟要件の具備しない場合であるから事情判決をする前提を欠き、原告の右主張は採用することはできない。

三  結論

よつて、原告には本件処分の取消しを求める訴えの利益はなく、したがつて本件訴えは原告主張のその余の点について判断するまでもなく不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野田殷稔 小林一好 横山光雄)

別紙(一)~(三)〈省略〉

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